3000年01月01日

中川家

中川家(なかがわけ)は、中川剛(なかがわ つよし)と中川礼二(なかがわれいじ)による兄弟漫才コンビである。大阪府守口市出身。吉本興業所属。正統派漫才師と評判高い。

【 メンバー 】

当初は本名で活動。現在も本名の中川名義で出る場合も稀にあるが、基本的には「中川家」を付ける。

* 中川家剛(なかがわけ つよし、本名:中川剛(なかがわ つよし)、1970年12月4日 - )

ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって左。通称「お兄ちゃん」。B型。身長158cm。

* 中川家礼二(なかがわけ れいじ、本名:中川礼二(なかがわ れいじ)、1972年1月19日 - )

ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。通称「礼二」。A型。身長170cm。

【 略歴 】

* 吉本興業の大阪NSC11期生。同期には陣内智則・ハリガネロック・ケンドーコバヤシ・たむらけんじらがいる。また、松竹芸能のますだおかだ・増田は小学校・中学校の先輩にあたる。

* 1996年1月、第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。その後、関西ローカル番組「すんげー!Best10」などで人気を博する。

* 関西以外で知られるようになったのは、2000年頃に出演した「明石家マンション物語」がきっかけ。オーディションコーナー(「大部屋」)で注目され、準レギュラー出演するに至った。また、爆笑オンエアバトル(NHK)では10戦9勝と言う高いOA率を誇った。

* 2001年末、第1回「M-1グランプリ」では大本命というプレッシャーの中、見事初代チャンピオンとなった。その前後に本格東京進出。現在の若手お笑い芸人ブームの初期(2002〜2003年頃)に大ブレイクした。

【 概要 】

* 兄・剛の自己満足的ぼけを弟・礼二が汗をかきながらつっこむスタイル。いわゆる正統派しゃべくり漫才で、「(同じく兄弟漫才コンビ)である夢路いとし喜味こいしの後継者」と言われることもある。普段から頼りない『兄』剛は、外見的にも身長が低く童顔で、おっとりしたボケであるのに対し、声も体も大きく「大阪のおばちゃん」的なしっかり者の『弟』礼二がツッコミであるという立場逆転の面白さもあると言える。コント では立場が逆転する場合が多い。

* 相方を探していた兄が友人・知人にことごとく断られた後、居間で寝転んでいた弟に声をかけたところすんなりとOKされ、コンビ結成に至った。

* ネタの打ち合わせはほとんどしていない。

* 兄・剛がパニック障害を経験し、一時期舞台に立てなくなってしまったことや、弟・礼二が漫才ネタを舞台上で忘れてしまい、漫才をコントロールできなくなったとするエピソードがある。(後述)

* 礼二は子供の頃から鏡に向かってモノマネの練習をしており、それが今のマニアックなモノマネに繋がった。あまりにやりすぎて父親に病院につれて行かれた経験がある。

* ジャイケルマクソンで2 人のおじさんがオカマであることを礼二が告白した。2006年の正月に礼二が、そのおじさんに「(オカマであることを)メディアで言っていいか?」と聞いたら、「いいわよ!」と言ったらしい。そのおじさんには70歳の彼氏がいて、「森」と言う漢字を4つ書いて「ジャングル」と読む名前の喫茶店によくいくらしい。

【 受賞暦 】

* 第30回上方漫才大賞新人賞(1995)
* 第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞(1996)
* 第30回上方お笑い大賞最優秀技能賞(2001)
* 第1回オートバックスM-1グランプリ優勝(2001)
* 第40回ゴールデン・アロー賞芸能賞(2002)

※本来なら第37回上方漫才大賞(2002)で奨励賞を受賞することが決まっていたが、M-1で優勝したコンビが二位に相当する賞を受賞するのはM-1を否定することになるという吉本興業の意向により、辞退した。

【 エピソード 】

* 兄弟はよく父親に連れられてなんばグランド花月に行った。礼二は行くのが嫌だったが、電車に乗れるのが楽しくて付いて行った(このため、マニアックなモノマネは電車がらみが多い)。いつの間にか漫才にどっぷりはまり、なんばグランド花月の最前列で舞台を釘付けで見るようになる。

* 剛は小学校高学年の頃には、体格で礼二に負けてしまっていた。そのため、お下がりならぬお上がりを礼二からもらっていた。

* 高校時代は二人ともラグビー部出身で当時2人は剛は真面目に3年間練習をしていたが体が小さかった為にほとんど試合に出場しなかった。礼二は真面目に練習せずにチームメイト、監督を盛り上げたり、笑わしたりに徹していた。現在毎日放送で放送される深夜のハイライト番組、全国高校ラグビー大会の決勝の中継の副音声の解説も努めている。

* 1990年代初頭、「お笑いに新しい風を吹き込むため」に、2丁目劇場で漫才禁止令が出された。「漫才出来んのやったら舞台に立つ意味ない」と思った二人と海原やすよ・ともこは、所属劇場がなくなることを省みず、二丁目劇場卒業を選択。

* デビューから5、6年経ちレギュラー番組も増えてきた頃、先輩のトミーズ雅による執拗ないじめが発端で剛がパニック障害を患った。

o 人ごみに入ると呼吸を忘れてしまう剛のため、発病当時の新幹線移動では一駅ごとに礼二が剛を下車させ呼吸をさせていた。

o 漫才中に剛の意識が飛んでしまい、礼二は一人漫談状態で漫才を続けた。

o 剛が療養中も礼二は剛が戻ってきやすいよう、礼二一人でレポーターなどを続ける。

o 今までで一番つらかった仕事として、礼二は剛療養中の一人での営業をあげている。それなりに受けたらしいが、一人なのでマイク前中央に立たなければいけないのに、無意識に普段と同じようにマイクの少し横に立ってしまったことが悲しかったらしい。

* 礼二は漫才の途中で台詞を忘れ、「お兄ちゃんごめん」と言ってしまったことがある。

* 親戚におかまがいる。(礼二のモノマネのレパートリーに大阪のおばちゃんやスナックのチーママが出来るのはこの人の影響)

* 子供の頃近所のよくお菓子をくれるおっちゃんが自殺未遂をしたところを目の当たりしている。

* 礼二は漫才の途中でウンコを漏らしたことがある。
 

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2006年08月27日

中川家@

ZAIMANにでたときのZAIMANです

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